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山梨県上野原市に、作物やそれ以外の植物が入り混じる畑がある。「農業法人 上野原ゆうきの輪」の畑だ。
一見すると、ほったらかしているように感じる栽培方法には、上野原ゆうきの輪の代表である大神田 良行(おおかんだ よしゆき)さんの想いが詰まっている。
自ら育てたブルーベリーで作ったブルーベリー飲料
「正直に生きていく」ことを信条としていた大神田さんは、以前は公務員として働いていた。しかし、他人の人生を左右する現場を幾度となく経験し、
(正直であることが果たして人のためになるのか?)
と思い続けていた。
55歳になり、新たな人生を歩もうと早期退職したとき、頭に思い浮かんだのが、趣味のスキーの帰りにお土産としてよく購入していたブルーベリーだった。
「自分もこんなにおいしいブルーベリーを作ってみたい」
大神田さんの第二の人生が始まった。
公務員として、人と関わる仕事をしてきた大神田さんは、農業に対して「人と関わることが少ない仕事」だと思っていた。しかし、自分が農業をしたいことを人に伝えれば伝えるほど、多くの人が手を差し伸べ、「公務員時代よりも人との関わりが増えた」という。
そして、多くの人と出会う中、ある人から、
「自分が食べてきたもののせいで、子どもに良くない影響を与えてしまったかもしれない」
と打ち明けられることがあったという。
(食べ物は、人の人生に大きく影響を与えるのではないか…)
大神田さんの誰が食べても安心できる、そして、自らが納得できる「食べ物」づくりが始まった。
ゆうきの輪で採れたキヌア入りのお粥
「かつて『食べ物』だったものが、近ごろは、『食品』と呼ばれるようになった。それは、出荷の規格や見栄えに合わせて育つように不必要な手を加え、工業製品のような扱いをしているからではないか」と大神田さん。
人の口に入れても安全だといえる作物を育てるため、化学肥料・化学農薬を使わない栽培方法に取り組み、さらに、作物の生きる力を信じて自然界に近い状態で栽培してみた。
すると、「収穫して時間が経った作物が、腐らずに枯れた」、「見た目こそ美しくはないけれど、市場に出回る作物と味が違う」ことに気づいた。
自ら育てた作物を使った「食べ物」を、家族で食べ続けてみると、体調を崩しやすかった奥さんの状態が改善した。
キヌアの精白粒。栽培時、化学肥料や化学農薬は不使用
上野原の地のものを使った特産品づくりに力を入れている。写真はイベントでの販売の様子
上野原ゆうきの輪では、これまで、全国に先駆けて栄養豊富なスーパーフード「キヌア」の国産化に取り組んだり、自ら作った作物を使った加工品を多数手がけたりするなど、「上野原」を全国にPRすることにも取り組んできた。
現在も、豊かな自然に囲まれた上野原で採れた柚子やヒノキから抽出した自然由来の心地よい香りで、上野原を広めたいと取り組んでいる。
精力的に活動される大神田さんを支えているのは、自ら育てた「食べ物」であることは間違いない。
上野原で採れた柚子などから香り成分を抽出している
大神田さんが、退職し新たな生き方を模索していた時、農業だけはやらないだろうと考えていたという。
その理由が、「当時一番嫌いだったのが農業だったから」と話されていた。
それでも農業の道に進んだのは、人の悩みに寄り添う優しさがあったからだと感じる。
大神田さんの育てる作物は、余計な手を加えずに、そのぶん人を想う優しさをぎっしり詰め込んでいるのだと思う。
取材協力:上野原ゆうきの輪合同会社
代表 大神田 良行 さん
文 写真:シフトプラス株式会社、上野原市役所