うえのはらとは?

ここ“うえのはら”であなたのストーリーを紡いでみませんか?

Make History Your Story

上野原市は東京都と神奈川県に隣接し、東京駅から約60~70km圏に位置する「山梨県の玄関口」です。都心から中央自動車道やJR中央線で簡単にアクセスできます。

中央自動車道
  新宿IC⇔上野原IC 約50分・甲府南IC⇔上野原IC 約40分
JR中央線
  新宿駅⇔上野原駅 約60分・甲府駅⇔上野原駅 約70分
  高尾駅→相模湖駅→藤野駅→上野原駅 約17分

気候

内陸性の気候で、夏冬や昼夜の温度差が大きく、年間降雨量は少ないのが特徴です。

面積

市土の面積は170.57k㎡、全体の約8割が山林となります。

人口 24,358人(平成28年4月1日現在)
年平均気温 13.2℃
年平均湿度 62%
市章

美しい自然につつまれ、悠久の歴史と文化を誇る上野原市の「上」をモチーフにしています。
 オレンジは「暖かな心」、ブルーは「空と清流」、グリーンは「緑豊かな自然」をイメージしています。

市の花 りんどう
市の木 山もみじ
市の鳥 うぐいす

うえのはらHistory

原始 上野原市では関山遺跡や談合坂遺跡などから縄文時代早期の遺物が見つかっており、住居の痕跡も確認されています。出土した縄文式土器の中には、中部山岳地方や西関東地方に特徴的なものも含まれ、当時から東西文化圏の接点となっていたことがわかります。
古代 市域では弥生時代の遺跡は少ないものの、古墳時代になると各所に集落が出現し、上野原地区塚場などに地域の有力者を葬ったと考えられる高塚古墳が造られました。このことから、強いリーダーのもとで新しいムラ作りが始まったことがわかります。
古代律令制が整備され、市域は甲斐国都留郡に含まれました。とくに上野原は都留郡の中心地(郡家)であった可能性があり、大間々遺跡で官人用と思われる銅製帯金具が出土しています。平安時代初期には甲斐と相模が市域の帰属をめぐり争いました。
中世 平安時代末期、上野原には八王子武士団の支族が進出し、上野原地区に居館を築き、古郡(ふるごおり)姓を名乗って当地を支配しました。しかし、三代目の保忠が和田義盛の乱で敗れて一族が滅亡すると、その遺領は鎌倉幕府に功績のあった加藤景長が引き継ぎました。
後醍醐天皇の皇子・護良親王の子を宿していた雛鶴姫(ひなづるひめ)は、暗殺された親王の首を持って秋山地区無生野まで逃避行し、他界したという伝説があります。この悲劇を村人たちが偲び、慰霊のために始めた祭りが、無生野の大念仏であるといわれています。
戦国時代、加藤氏は数代にわたって甲斐武田氏や小山田氏に従って当地を支配し、大倉要害山などに砦を造るなどして国境を守ったといわれています。この時代の上野原は度々隣国から攻め込まれ、一方で、武田信玄の娘が北条氏政に嫁ぐ際の引き渡し場所にもなりました。
加藤景忠は保福寺や牛倉神社を造営して当地の支配を強めましたが、武田滅亡時に妻子共々討ち死にします。その遺領は、近世初頭にかけて北条・徳川・豊臣の覇権争いに巻き込まれます。
近世 江戸時代、当地は郡内一万八千石領主秋元氏の支配後、幕府直轄領となります。甲州道中の宿場(上野原・鶴川・野田尻・犬目)や相模川の舟運が栄え、当時の旅行記には名産品の郡内織を売る店で賑わった上野原の様子が記されています。浮世絵師の北斎や広重、俳人芭蕉も当地を訪れ、犬目峠などの名所紹介や庶民の文芸発展に寄与しました。
一方で、村人が領主の圧政や生活の困窮を世に訴える事件が度々発生し、江戸末期に犬目村の兵助らが起こした百姓一揆は、甲斐一円を巻き込む大騒動に発展して全国を震撼させました(天保騒動)。
江戸が東京と呼び替えられた明治元年、板垣退助らの官軍兵士500人余が、近藤勇らの敗残兵を追って当地に分宿し、上野原から旧幕府勢力を一掃しました。
近代から
現代へ
明治時代に川辺新道(現在の国道20号)や天神トンネル、中央本線が開通し、大正初期には八ツ沢発電所が建設されるなど郷土の近代化が進みました。多年の悲願だった上野原の耕地整理も始まります。
大正時代から昭和初期にかけては、桂川の遊覧船と鵜飼いに多くの観光客が押し寄せました。当地も舞台となった中里介山の長編小説「大菩薩峠」が反響を呼び、与謝野晶子は上野原の美しい風景に触れて多くの歌を詠みました。
戦時中、当地は敵機の飛来に脅かされ、終戦直後には占領軍が上野原に進駐しました。昭和30年に8町村が合併して上野原町が誕生した後、中央自動車道が開通し、公共施設の整備や四方津ニュータウンの造成が進みました。
上野原町、秋山村がそれぞれの歴史を刻む中、平成の大合併が進められ、平成15年4月に合併協議会を設置し、新設(対等)合併に向け協議が進められ、平成17年2月13日上野原町と秋山村が合併し「上野原市」が誕生しました。
未来 そして、上野原市にあなたが移住する。歴史の1ページへ

うえのはらNature

  • 自然・風土

    遠くに富士を望み、四方を1,000m級の山々に囲まれ、幾筋もの豊かな清流が集まる土地です。内陸性気候がもたらす四季がはっきりとした美しい風土が特徴です。

  • 河岸段丘・地勢

    桂川や鶴川などによって形成された河岸段丘が特徴です。起伏の激しい地勢は、住宅地・農耕地・山間地などと変化と多様性を生み出しています。

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